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プロフィール

名前  吉田 尚弘 
RYAN PRESS所属



出身地   愛知県
誕生日   平成3年7月17日

職業
報道系写真家
スラムカメラマン
講演活動家 






【略歴】
16歳の時に合計2年間を費やし、単身で東南アジアを横断した経
現在の写真家としての活動基盤。
帰国後は高校生ながらNGOの契約カメラマンを担当。
20歳の時には朝日新聞出版で高い人気を誇る全国紙、
「ジュニアアエラ」にて4ページにわたり海外のスラム街ルポを寄
21歳の時には内戦下のシリアで自由シリア軍の従軍を行い、
戦場最前線で人生初の気絶を経験。
イラクのクルド人自治区では、対ISの作戦を行う正規軍の兵士と
寝食をしながら前線の取材を行った。
スラム街では海外放浪時代から20カ国約100拠点ほど訪れ、
現在も「現場に落ちている声を拾うこと」をテーマに取材を続ける
国内活動の講演活動では開始年より3年間で延べ8000人に取材
を伝え、協力書籍には「アジア旅行最強ナビ(辰巳出版)」などが


今後はスラム街だけでなく海外の学校も積極に撮影したいと考えて
スラム街、戦場、海外の学校のことなど
耳寄りな情報がございましたら、ぜひご連絡をください。




ー海外での主な撮影実績ー
インドネシア有名慈善活動家公認同行カメラマン、
同国の特殊警察部隊長撮影 など


ー連載経験ー
オルタナS




【撮影テーマ】
スラム街、戦争と平和、福祉、人生 など
【撮影分野】
□海外→スラム街、観光地、旅など
□国内→取材撮影、ウエディング、商品撮影、旅行、イベント、ス



苦悩の日々から世界へ 


 私は16歳の時に東南アジアを合計2年間掛けてひとりで横断し
当時は、その年齢でバックパッカーをしていることに現地で出会う
毎回驚かれるのが通例だった。


その経験だけを見れば、何か特殊な特技があったのだろう。才能が
と勘違いをしてしまいそうだが、実際は違う。


私は一般的な家庭で長男として生まれた普通の少年だ。
そして、特別これといって人よりも優っている点は無く、どれをと
平均点以下というなんとも微妙な立ち位置である。


そんな中、高校へ進学した私は不安という感情が私を襲い、
それらが私から離れて行くことは無くなった。
病院では、ストレスが掛り過ぎている。と言われ、
薬を処方された。


目標すら無い私は、
このままでは本当に何も無い人間になってしまう。
そんな事を考えた私は、何も考えずに海外に旅に出ることにしたの
旅に出ることで、私は何か変われるような期待を抱いたからだ。



こうした背景があったからこそ、私は16歳という社会も知らない
何も迷うこと無く海外に足を踏み入れることができたのかも知れな


帰国後の私は、「戦場カメラマン」という職業を知り、
報道系写真家としての道を志す。



日常の弱みが、写真家としての強みになった

 カメラマンとして重要な能力とはなんだろう。
そんな事を撮影を通して日々考えている。そこでひとつキーワード
被写体の「本質」を写真に収めることであると思っている。


スラム街は危険な場所であるが、私はいつも現地の人々に守られな
続けている。現地の人に私の印象を伺うと、
「スラム街の住人だと思った。旅行者のオーラはない。同じオーラ
まったくもって警戒する理由がない。」
と言われることがある。
「食べ物が無いからここに来たと思った。」
と言われ、食べものを恵んでいただいたこともある。


なぜそのようなことが起こったのだろうか。
それは私の華奢な見た目が影響しているのだろうか。脳天気に散歩
もしかしたら、現地の人々が送る日常生活と私が送る生活の
類似している点が多いからでは無いか、と気がつく。



スラム街の住人は、日々一日を乗り越えれるかどうかという問題に
ある人は家が壊され、またある人はスラム街の住人というだけで差
実際に、スラム街には精神疾患や外的な障害を抱えた人物も多く、
ていたと言えるかもしれない。


だからこそ、なんの障害もなくスラム街の住人に受け入れられ、
他の人には見せない部分を見せてくれているのかもしれない。


そして、その環境を用意できることが写真家として大きな武器であ
ことに気がついた。
「外部からただ撮影をする」ではなく、「彼らと同じ当事者として
これは努力すれば誰にでも出来ることではなく、まさに同じ環境が
私にしか出来ない最大の武器だ。


そうすることで、彼らは私に本音で会話をしてくれる。
本音の会話、人間としての関係は本質を引き出すことに最も重要な


私が伝えたいことは、「メディア用の用意された答え」ではなく、
「人として認めれてた時に話してくれる本音の言葉」
その言葉を少しでも拾うために、現地に通い続け、
彼らの想いを伝えていくということをしている。


それからは与えられた特殊能力を活かし、NGOのカメラマンとし
そしてフリーランスの写真家として現在に至る。


そもそもなぜ、スラム街なのか。


その理由は、16歳の放浪でバックパッカーをしていたとき、
必ず立ち寄っていたのが地元の人のみが知るスラムだった。


「私はスラム街に呼ばれて行ったのだ。」




私は自分が若くして習得した現場で活かせる能力を活かし、
今後もひとりでも多くの人の為になる様に、取材をしたい。

写真家として表現したい生活のリアル


私は写真家活動をするなかで、報道‘’系‘’写真家という言い方
私にとって報道系写真家とは、ジャーナリズムやいわゆる事件事故
報道することだけではなく、「私の報道=目の前に起こる出来事を
描写し、伝える、残す」という意味で考えている。


ドキュメンタリー写真ともいえ、身近なところでは子供の誕生や、
結婚式なども私にとっては重要な報道写真でもある。


スラム街など貧困地のお話をするとき、
「スラム街の子供は目が光っている。貧しいけど幸せなのか?」そ
「環境が悪く不幸なのか?」と2択で聞かれることがある。
また同時に「幸せなら支援は不要か?」それとも「環境が悪く不幸
と、これまた白と黒の二択で質問をされることがよくある。


スラム街を取材すれば幸せに過ごす人もいるし、そうではない人も
実際に環境が理由で命を落とす人がいるのも現状だ。
スラム街ならではの問題点も多い。


しかし、幸せとそうではない人々の両方ともが共存するのがスラム
それがリアルでもある。


私がこの活動を通して感じたことは、
「知らないからこそ結論を極端に求めすぎてしまうことがある。」
ということである。


現地に住む人々の生活の良い部分、そして負の部分の両方を知って
リアルな生活を知ることがとても重要であり、そして彼らの生活に
思うという行為をすることが、現場に住む人々の存在を身近にでき
できるのかの答えが見えてくるのではないだろうか。


そんな思いから、私は写真を通し彼らの生活をより身近に、そして
たい。スラム街をはじめに紛争地などに住む人々、少しでも彼らの
嬉しい。



誰もが幸せを握り締め人生を送れる社会になるよう、情報(写真)
皆様と創り上げていくことを心から願っています。




                          報道系写
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